うことは、浩にも分った。善は天で悪は地獄と庸之助には思われている――善をあまり有難く見すぎ、悪をあまり堕《おと》しめすぎていた。「あんな奴がなんだい!」と見ぬ敵を軽んじていたところが、いざ立合って見れば、自分の知っている術よりも遙かに巧妙な術を持っている。どうしようと思う間もなく、おとなしく降参してしまう……。浩はどうしても庸之助を憎めなかった。彼が、今までの生活をすべて忘れようとしている努力、或るときには装うていることがはっきり分る粗暴などを見ると、浩は、彼の衷心の苦痛を考えて涙ぐんだ。互の境遇が変ると、互の間を結びつける友愛が深ければ深いほど、辛いものだと浩はしみじみ感じていたのであった。
浩が文学を、懸命にしていることは、K商店の年寄り株にとって不安の種であった。少しでも成功しそうに見えることは、よけい心配をまさせた。文学者という妙な者に、自分等の施したいろいろな恩義を忘れて成りはしないだろうかということ、仲間の「とかく心の動き易い若い者達」が、釣られて、「妙な目をして考えこんだり」「訳の分らない独り言を書きつけて、夢中になったり」するようになりはしないかということが問題になっ
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