始めから耳をかそうともしなかった。
「努力も忍耐も結構だろうさ、が、俺のことじゃあねえよ。浮き上ろう浮き上ろうとする頭を、ちょいと出ると押し込み押し込みされちゃあ、どんな強情な奴だって、往生するほかないじゃあないかい? もう少し年をとると、お前も俺の心持が解って来る。利口なようでもお前の学問は本の上だ、可愛がられた者の利口だ、なあ坊ちゃん」
 庸之助のすべては、浩に一種の圧迫を感じさせた。たった二つほか年の違わないなどということは、二人の間では、もう問題でなくなったらしい。浩は、彼がほんの僅かの間に、こんなに心が変るほどのいろいろな経験を得て来たのかと思うと、善い悪いなどは抜きにして、各自のいろいろな生活ということが、強く感じられた。庸之助に会ったとき、浩はきっと陰気な沈んだ心持になった。彼に同情はしていても、彼に職業を与えるなどということは自分の力では出来ない。彼からいえば、「俺のような者は、理想なんかより、飯一杯の方へ頭が下る」と云う通り、自分の思っていてどうにもならない同情などは、迷惑ではあろうとも、何の足しにもならないのは、浩にだって解っていた。けれども浩としては、それならばと
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