緊張しきった感情が、少しは緩められた。が、「何と云ったら好いのか!」彼には言葉が分らない。同じように体を堅くしながら、無言のまま二人は立っていた。
都会の雑音が、彼等の頭上に渦巻き返っている。黒い犬が二人を嗅いで通り過ぎた。
九
果して浩が予想し、案じていた通りのことが、痛ましい事実となって、庸之助の上に現われていた。或る意味においては、庸之助は、浩の思っていたよりも、もう一層下ったところまで行っていたのである。
彼はもうすっかり夕刊売子になっていた。言葉から態度から、特有な見栄まで、もうすっかり自分のものにしているのを見て、浩は言葉に云えない感にうたれた。庸之助は、半ば愚弄と侮蔑の意味であり、半ばは友情から、浩のことを「坊っちゃん、坊ちゃん」と呼んだ。浩は、冷汗を掻いた。
「坊ちゃんお前はいい男だね。だが利口じゃあないよ。俺みたいな人間に、こびりついて友達だなんぞと云っていると世間並みな出世は出来ゃしねえ。何にしろ俺は、懲役人の息子だからねフフフフ。生かして置かれるんだけでももったいないんだろうさ」
彼は、浩が一生懸命になって、力をつけようが、励まそうが、
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