方へ落ちて行ってしまったところなどを見た。生きるのも死ぬのも因縁ごと、如来様ばかりが御承知でいらっしゃると観じている彼女は、怨むべき何物も持たない。精進を益々固く守り、彼女にとっては唯一の財宝である菩提樹《ぼだいじゅ》の実の数珠が、終日その手からはなれなかった。
「南無阿彌陀仏、阿彌陀様!」
 おらくの瞼は自ずと合った。
「若し生きますものなら、どうぞお助け下さいませ。また若しお迎え下さいますものならば、どうぞ極楽往生の出来ますように……」
 サラサラ、サラサラと好い音をたてて数珠を爪繰《つまぐ》りながら、おらくは涙をこぼした。
「私のこの婆《ばば》の力で何ごとが出来ましょう……?」
 その間にも、お咲の弱りきった体のすぐ上のところまで、しばしば死が迫ってきた。今か、今かとまで思われたことも一度や、二度ではなかった。けれども、いつも、もう一息というところで、彼女の若さが踏み止まった。一週間も危篤な状態を持ちつづけると、もうほんのほんの少しずつ生きる望みが湧いてきた。そして、急にどういうことはないと云われるまで、皆は自分等まで一緒に死にかかっているような心持でいたのである。風に煽おられて
前へ 次へ
全158ページ中19ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング