の生活が全く堪らないものに感じられて来た。息子が恋しくなって来た。彼《あ》の命にかけていとおしい咲二の顔を一目でも見たい。
「お母さん!」
という呼び声に飢えている。
お咲は今まで何度両親に頼んだか分らない。哀訴し、涙をこぼしても、まだ病気が本復しないと思っている彼等はどうしても、咲二を会わせない。それどころかかえって、彼女の目にふれないようにと、心を配っている。「気違いが、自分で気違いだと知っておれば、ほんとうの気違いではないのだ」ということは確かではあるが、お咲に対しては、惨めすぎる。
会わされなければ、会わされないだけ、お咲の愛情はますます熱度を加えて行くとともに、病的になって来たのであった。
「咲ちゃんや!」
愛すべき息子の名を思っただけで、彼女の目前には、瞬く間に、彼の全体が浮み上った。
彼が抱かれたときの膝の重み、腕のからみついた感じ。ほこりまびれに、乾き切った髪の毛の臭いや、彼特有の柿の通りな肌のにおいなどが、苦しいほどの愛情を、そそり立てた。
ちょっとでも咲二の声が聞えると、飢えきった動物の通り、喘いだり、息をつめたりして耳をすませた上、畳に耳をぴったり貼りつ
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