は、お母さんに愛された。この上もなく可愛がられた。咲二は家中の者に心配されたのだ……」
「それっきりか?」
彼は、何か訊ねるように狭い廊下の白壁を見廻した。五燭の電気に照らされて、ぼやけた彼方の方から、「それっきりか? それっきりか?」という合唱が迫って来るような気がした。が、それっきりである、まったく。彼は、おらくがただの一度もお咲をきびしく叱ったのを見たことがないと同様に、叱られている咲二を見たことがない。
「ただ愛情があっただけで?」
浩は寒い心持になって、歯を喰いしばった。
「ただ愛情があっただけで!」
彼のたよりない紙片の上にまで、卵を遺させた、「大自然の意志」が、二組のこの親と子を、静かに眺めているのを、浩は感じたのである。
彼の母親は、まだ十六だったお咲を、可愛いばかりに、恭二が若く、また近親であるということをも考えずに嫁入らせた。そのとき、もう既に、咲二がすべての点に不幸な子として現わるべき胚種が、下されていたのである。けれども、誰もそのことは考えずに、咲二が変則な精神作用を持って出て来たことを、偶然のように、また有り得べからざることのように、驚き、かつ悲しんだ
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