ニョキッと現われてブクブク、ブクブクと際限もなく大きくなって行った。彼はほとんど無意識に「かげが出る。かげが出る……母さん」とつぶやいた。彼の眼は開いたなり、もう何も見えなかった。張りつめ張りつめていた彼の神経は、最後の恐怖に堪えられないで、とうとう絶たれてしまったのであった。

        十六

 ただ癒してやりたいばかりで何事もした家中の者は、皆失望し、やがては絶望した。魂が抜けたようになって陰気にジッとしたまま、折々爪の間を見ては、「かげが出る……かげが出る、母さん!」とつぶやく咲二の姿をながめると、お咲は狂気のように歎いた。
「俺は始めから、あんな禁厭のような、まやかしものは役に立たんと云っておったのだが……」
 うっかり、孝之進が洩したこういう言葉の端から、今までかつて一度もなかった浅間しい、親子喧嘩などまでしばしば起った。
「御自分だって一緒になって、泣いてこわがる咲二を押えつけたり叱ったりなさったのに、今になると私ばかりせめるなんて、あんまりですわ。誰だって皆悪かったのよ。父さんだってあのときは、癒るかもしれないとお思いなすったんでしょう? 私だって――私だって、た
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