十四
庸之助にとっては、どうしても偶然とは思えないこのことのために、一旦影を隠していた彼の「善の理想」がまた頭を擡げ出したのである。
「俺は一生これで終る人間ではない!」とは、もちろんただ思っただけで終ってしまうかもしれないが、庸之助には心強かった。どうしてもすべてが天の配剤だという気がして急に明るい広い、道が開けたのを感じたのである。
天が自分に幸すると思うと、光輝ある考えになって来た彼は、また立志伝中の一人として自分を予想し、努力し始めた。彼は全く熱中して、善い自分を現わすことに心ごと打ちこんで掛ったのである。ちょうど、先に彼が、猫を被って、世間体をごまかしている者達を、アッと云わせてやるほど、どこまでも悪太《わるぶと》くなれと覚悟したときの通りの、強い熱心をもって、今度はまるで反対の方へ進み始めたのである。
この変化は、浩との友情を、またもとの純なものにした。「坊っちゃん、坊っちゃん」と馬鹿にしていた浩――もちろん庸之助は浩の言葉に動かされたことも、一度二度ではなかった。けれども強いて尊び、互に打ちとけ合おうとはしなかった。一人の人間に対してでも特別な情誼を
前へ
次へ
全158ページ中107ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング