漲り渡った。極度の精神過労で、全く統一力を失ったお咲は、部屋の隅の柱に、ゴツンゴツンと大きな音を立てて頭をぶっつけながら、あてどもなくつぶやき通した。
「どうしたら死ねるだろう? どうしたら……」
彼女の※[#「うかんむり/婁」、202−18]れきった顔には、痴呆性の表情がそろそろと被いかかり始めたのであった。
目に見えぬ隅々から、初冬が拡がり出した都会で、浩の生活は相変らず辛かった。寒さが、日一日と加わって来る故郷の僻村で、生と死との間に彷徨《ほうこう》して、苦しみ悩んでいる三つの魂、病み疲れ、なすことを知らぬ老父、姉、甥。すべては不幸である。浩は、僅かに生え遺った樹木も、一本一本と枯死して行く生活の廃墟に独り立つような心持がする。
「ただ独り立てる者※[#感嘆符二つ、1−8−75]」
浩は無限の感に打たれた。淋しい。辛い。けれども、悲壮な歓喜が彼の心を奮い立たせたのである。
目もはるかな荒寥《こうりょう》たる曠野の土は、ひろびろと窮りない天空の下に、開拓、建設の鍬が、勇ましく雄々しく振われることを待っているように感じられた。
「鍬をとれ! 勇ましく! 我が若者よ※[#感嘆符二つ、1−8−75]」
偉大な手が、やさしく彼の肩をたたきながら囁いた。
底本:「宮本百合子全集 第一巻」新日本出版社
1979(昭和54)年4月20日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第一巻」河出書房
1951(昭和26)年6月発行
入力:柴田卓治
校正:松永正敏
2002年1月1日公開
2009年2月27日修正
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