、気ののらなかったお咲も、息子を連れてというのに心を動かされた。その上、今通っている学校は、名高いには違いないが、好い家の子ばかり行くので、何かの振合――たとえば、何やかやの寄附だとやら、いうことだけでも、身にあまることだのに、ないないにはずいぶん御機嫌伺いが行われているので――月謝ばかりですむものではない。それこれもあるので、退かせたいと思わないでもなかったので、大変好い機《しお》だとも思った。久し振りで、のびのびと眠《ね》るだけも眠てみたいなどとも感じて、行こうと思ったり、また思いなおしたりして、決定するまでにはずいぶん暇がかかったのである。誰に相談しても、「自分で行った方がよいと思うならば」というくらいなので、彼女は、自分で自分の気持を知るに苦しんだりした。
孝之進はそのことに異議はなかった。が、ちょうどそのとき、M家のことに就いて、また一つ新らしい事件が起って、その奔走にせわしかったので、都合の返事もつい、のびのびになっていた。事件というのは、今度村民がM家を相手どって、訴訟を起したのである。耕地整理を口実にして、M家の先代が――今年は八十に手の届く老人で隠居をしている――官有地の払下げを請願して、成功した幾段歩かの田畑を、着服してしまったというのである。折々、物議の種とならないこともなかったのだけれども、村役場や、小学校などに少なからず寄附したりしていたので、そのままになっていたのを、M老人と個人的な衝突をした者が、腹立ち紛れにというようなことが起因《おこり》であった。一体M老人はすべてに遣り手すぎた。一代にとにかくあれだけの資産を堅めたかげには、多大の犠牲が払われている。威光に恐れて、すくんではいるものの、いざとなれば反旗を翻す連中がずいぶんいるので、事件はますます拡大してしまったのである。利も入れず、高瀬の金を借りぱなしにしていることまで、彼等の攻撃材料になって、訴訟の一部として取り扱ったなら、都合よく運ぶと云われて、孝之進は、原告側の主脳者に、自分が委任されたこと全部を、またまかせることにしたのである。それこれでお咲の帰国は、次第にのびていた。が、さあ明日行くというときになって、年寄達もお咲もその他周囲の多くの者が、或る一つのことを感じ出した。それは最初この話が出たときに、浩が得たと、全く等しいものであった。けれども皆だまっていた。ほんとうに皆だま
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