。これはみんな十数年むかしのことである。日本の天皇制の権力は、自然のうつくしい「肉親の情」をなんと悪らつに、権力のために利用して来ただろう。親や家族のものが、本人にとってたえがたい裏切りや転向のために、いろいろとたくらむのは、みんな権力がその人たちをおどすからである。集団的な自主の行動を、おそろしいことのように、わるいことのように思わせるからである。
憲法・民法が個人の自由を示しているこんにちでさえ、入党を親にかくさなければならない娘たち、夫にかくれて党を支持する妻がある。こういう条件におかれている進歩的な人自身、またその仲間たちは、あらゆる場合に、生活の現実から、権力におどかされている肉親の人々にこの実際をわからせようとしている。それは全く人民の新しいモラルの一つである。
帰還者の妻たちがそれぞれの夫の胸にむしゃぶりついて、列から引っぱり出す写真はとられていない。これは現実の雄弁な説明である。
やっとめぐりあってうれしい自分たちの夫婦にあるものは、ともどもの生活難であることを知っている妻たちは、帰った日に発揮される良人たちの人民としての権利を新しい思いでみたのであろう。やがては
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