なくったってどうにか食べては行けるにしたって、ねえ」
と自分の心持を云いあらわすようなところで、多喜子たちと違っているのであった。多喜子は三畳の方へ来て、テーブルの上へ型紙をひろげながら、
「ねえ、あなたのところはどう? 私たちこの頃、また随分いろいろ話し合うようになったわ。昔左翼のひとでね、夫婦の間で決して翌日まで喧嘩をもちこさない約束で暮している人がいたって、その気持やっと今わかるようだわ」
 好子にしろ、洋裁をやり始めたには、やはり勝たずば生きてかえらじという歌を流行歌のようにはきいていられないものがあってのことなのである。
 心の内から堰《せき》あふれて来るものに動かされている眼の表情で、多喜子は、
「好子さん、あなた、詩人に注文がない?」
と云った。
「私あるわ。もっと本当に私たちが大事なものを出してやる心持をうたった歌が欲しいわ。勇ましく戦ってくれ、そして、成ろうことなら生きて還ってくれ。どんなにこの心は強いでしょう。そして皆の願いがそうなのだと思うわ。そういう真個《ほんと》に情のあふれた落着いて勇ましい励ましの歌が欲しいわねえ」
 好子は、型紙のつくりかたをやっているとこ
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