ろで、ハトロン紙の隅で計算をしては物指で作図をしている。テーブルの上へ拡げた紙へ胸ごとのしかかる姿勢で好子はおだやかに云った
「山田は時々戦死するかもしれないよと云うのよ。そんなとき、私、それはそうねと云って、それでもやっぱり何か確《しっか》りしたものを二人の間に感じて落着いていられるようになりたいと思うわ」
 やがて小枝子が、寒いなかをいそいで歩いた薄赤い溌溂とした顔でやって来た。
「御免なさい、おくれて。出征の人で電車がこんでこんで……」
 事務員らしいてきぱきさで、小枝子はすぐ仕事机の隅の風呂敷包みをひろげ、三尺の押入れを衣裳箪笥まがいにしたところに吊ってある縫いかけのスーツの上着を出した。小枝子が来るようになってもう一年以上経った。事務員では何年つとめていても技術がつかない。その自動車会社がしっかりしているので目前の月給は悪くないのであったが、小枝子は或る時不図そのことに気がつくと不安になって、新劇の或る女優の後援会で知りあった多喜子のところへ洋裁を習いに来はじめたのであった。今では、ひとのものも縫えるところまで腕がついているのである。
 独身で勤め人の小枝子が加わると、話題も
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