事をしていたのであったが、暫くするとそれをやめてテーブルへ置いた。重くてつるつるとしたその絹服の感触が幸治たちの生活の感覚をひっぱっているようで、いじっている気がしなくなったのであった。
多喜子は腕時計を見て、椅子をおり、台所からもう一つ同じような三徳をもって来た。茶の間の火鉢からおこっている炭団をうつしていると、格子の鈴が鳴って、
「いらっしゃる? あがってよくって?」
カタ、カタと足からぬがれて三和土《たたき》に落ちる左右の靴の踵の音をさせて、好子が入って来た。
「――小枝子さんもまだだったの? 私おそくなったと思っていそいで来たんだけれど……」
毎土曜の午後、多喜子は洋裁の稽古をしているのであった。
「狸穴《まみあな》からだから、途中にかかるのよ」
「きょう、お宅は? やっぱりおそいの?」
「夕飯まで図書館へまわって来るんですって。この頃あのひと一生懸命だわ、呼ばれないうちにせめて今やっている分だけでもまとめたいって」
参吉は或る私立大学の講師をしている傍ら、近代英文学の社会観とフランス文学のそれとの比較をテーマに研究しているのであった。
「うちの伍長さんだって危いもんだ
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