いた尚子の丸い顔を思い出すと、多喜子はそこにああいう日暮しの人々の結婚生活というもののかげに潜んでいる非常に恐ろしい、唾棄するようなものが、尚子にも気附かれずのぞき出しているのを感じた。帰りかける多喜子を送って玄関へ出て来た幸治夫婦が、計らずものの拍子でくっつき合った互の肩をそのまま並べ、上機嫌で、
「さようなら」
「じゃまた、御ゆっくりね」
と晴々した声を揃え、多喜子に向って手をふって別れを告げた彼等のもつれあった姿を目に泛べて、一方に何か全く普通の娯楽ででもあるかのように話されたそのことを考え合わせると、多喜子にはそういう人々の生きている感情の奇怪さが迫った。この頃はいつ召集があるかもしれないような事情のなかで、自分たちが本気でそれを守り高めようとして暮している夫婦生活の平凡な真面目さが、何かに嘲弄されているような嫌な気もするのであった。
北向きの三畳が多喜子の家では仕事部屋になっていて、東の高窓際にミシンがおかれ、仕事テーブル、アイロン台と、順に低い一間の明り窓に沿って並んでいる。赤い三徳火鉢に炭団《たどん》を埋めたのを足煖炉代りにして、多喜子はもって帰った尚子の仮縫いの服の仕
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