たべようということにしたんです、或る家でね。細君なのか、細君でないのか、という微妙なところをやって見せようというのに、役者が下手で駄目なんです。僕がわざと女中の来たときに、あっちのお帰りの時間はいいんですかとか何とか盛んにやるのに、この奴ったら、……」
尚子は、ふふふふと笑って、
「だって――」
と云ったが、いかにも屈托ない様子で、
「あの女中さん、一向けろりとしていたわね」
それが寧ろ不思議らしい調子である。
さっきから黙っていた桃子が頬っぺたに散りかかる髪を払いのけるように火鉢から頭をあげて、
「とにかくお兄様は心臓がつよいわよ」
何処か突かかるような云いかたをした。
「ところで、多喜子さんにはどう見えますか、夫婦にしか見えませんか」
「だって――ほかにどう見えたらいいんでしょう」
「第三の人物を仮定して見ても駄目ですか?」
ほかならない結婚を記念する晩に、わざわざ自分の妻に不貞な妻としての役割をさせ、自分をも不貞な良人と仮定した位置において食事を一緒にする好みとは、何ということなのであろう。女中がけろりとしていたとか何とか、罪のない眼附を良人の顔の上へ注ぎながら云って
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