むき出しの両腕を揃えて頭の上へ高くあげ、それなり半身を前へかがめている尚子の頭の方から、仮縫いの服を脱がしかけていると、廊下を、ゆっくりした足どりのスリッパの音が近づいて来た。尚子が耳敏く、
「お兄様じゃない?」
桃子に、
「ちょっとまって頂いてよ」そう云っているうちに、
「いいですか?」
すこし改ったような咳払いをして幸治が外から声をかけた。
「だめよ、今入っちゃ。まだ猫に紙袋よ」
笑いながら桃子が大きい声を出した。
「ほう」
また咳払いをする声がする。
「はい、どうぞ」
「やがて尚子が自分から幸治のために襖をあけてやった。
「や、しばらくでしたね」
袷の対を着て、きっちり髪をわけている幸治は、武骨っぽいずんぐりした体つきに似合わない軟かい笑いをたたえて、テーブルのところへゆっくりした動作で坐った。
「随分しばらくお目にかかりませんでしたね」
「ついかけちがって……」
多喜子はほかに云いようもないのであった。
「おかぜなんですって?」
すると桃子が、
「やー、お兄様」
とはやし立てた。睨むような眼差しをするうちにも尚子は笑いを抑えられない風である。飲みすぎか、怠けぐらい
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