級であった桃子の兄嫁のところへ、ただ洋裁の仕事先として多喜子は来ているのであった。
仮縫いの方を着て尚子が立っている背中の皺にピンをしているところへ、襖の外から、
「いい?」
声をかけて、桃子が入って来た。
「ちは」
学生時代のまんまの符牒のような挨拶を、ピンを唇で押えているので口の利けない多喜子に向ってかけ、桃子はすこしはなれたところからぐるりと尚子の立ち姿を見まわした。
「いいじゃないの、なかなか」
「よかったわね、やっぱりこのカラーの型にして」
「そりゃそうさ、お嫂《ねえ》さんたらVにするなんて。そんなのないわ」
裾の長さまできめてから、多喜子は自分も立ち上って、出来栄えを眺めた。
「思ったよりよかったこと――お袖のところいいかしら? つれません?」
「――いいようよ」
桃子が、
「原さん、すっかり板についちゃったなあ」
感歎するように云った。
「本ものになっちゃった。これでお顧客《とくい》さえふえりゃ堂々たるもんだわ」
「ベビー服で降参するだろうって云った人だあれ。せいぜい紹介してよ」
ピンを肌に刺さないように、そしてまた折角さしたピンを落してしまわないようにと、
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