度目の雛を八羽ほど孵《かえ》させた。
 初めての時の結果が大変悪かった上に、今度のが予想外によかったので、無邪気な飼主は宇頂天になって、何の餌をやるといいの、斯う云う天気の時はどうしてやらなければいけないのとさわいで居たが、どうしても鶏舎が狭すぎていけないからと云う事になった。
 小屋を移すと云っても只オイソレとするのではなく、水排けがどう云う風になってるかの、光線の射入が完全に出来てなく風の強くあたる処はいけないのと云って、到々自分共の遊び場になって居る広っぱの隅に建てる事になった。
 植木屋を呼んで、朝早くから指図をして、上から烏の入らない様に張ると云ってせっせと、自分で、植木屋が地をならして居る傍で金網を編んで居た弟は、物臭い風付をして庭を歩いて居た隣の主人が、しきりに自分達の方をのぞいて居るのに気がつき出した。
 見ない様な振りをして見て居ると、此処で、植木屋が棒をたてる穴を掘ったり、小屋の木組みをしたりして居るのが如何にも気になってたまらないらしい。
 それでも、弟は只嬉しいばっかりで、そんな事に一向頓着なく仕事をはかどらせて居ると、植木屋は二人で四本立てた棒から棒へ床を張り、隣へ面した方へドンドン裏板を打ち始めた。
 ドシンドシンとはげしい金鎚の音のする毎に眉をよせて居た隣の主人堪え切れなくなったと見えて、ズカズカとよって来て、小さいと思ってか弟に種々垣根越しに云い出した。
 彼れをもっと、此方に寄せた方がいいの、こうしなけりゃあいけないのと、自分が建てる様に云うので、ムッとした弟は、いつも怒った時する様に心持顔を赤くしながら、
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「エエ、エエ。
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と不得要領な返事を与えて置いて、自分の思う通りにズンズンさせて行った。
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「気味がよかった。
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と、其の話が出ると今でもよく云うけれ共、ほんとうに、二人の男を意のままに働かして、
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「坊っちゃん此処は、どうしましょうな。
 其処の工合が悪い様ですが、何か好い工夫をなすって下さいな。
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と云われながら、垣の外に理由のない干渉をする一人の鼻をくじいて行くまだ十五のポーッとした子の気持を想うと、私まで胸がスウスウする様だ。
 何にも、その子が私の大切な弟だからと云うのではないけれ共。
 後で聞けば小屋のまとまりのつくまで殆ど半日、垣の隙から、こわらしい眼を光らせて睨んで居たと云う。此の事は家中の者が皆いやがった。
 他人の家の仕事に嘴を入れて、いくら世話を焼いて居る者が子供だからと云って、下らない批評などを加えると云う法はない。家を侮辱した事だとか何とか云って居ると、二番目の角力の様な体をした弟が、
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「僕行って云ってやりましょうねお母様。
 実にけしからん。
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と頭を振ったり何かしていきりたつので、笑ってすんでしまいはしたけれ共、あんなじゃあきっと銀行でも毛虫あつかいにされて居るのだろうと思うと、旦那様、お父さんと一角尊がって居る家の者達が気の毒な様にもなったりした。
 極く明けっ放しな、こだわりのない生活をして居られる私共は、はたのしねくねした暮し振りを人一倍不快に感じるので、どうしても裏の家を快活ないい気持なと思う事が出来なかった。
 何より彼より、一番大まかで、寛容でなければならない筈の主人が、重箱の隅ほじりなので、事実以上に種々思って居た事が無いでもあるまいと正直なところ思う。
 それでも奥さんがピリッとした人なら、するだけの事はうまく感じよくやってのけたかもしれないけれ共、いつもいつも、
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 もうもう此ではやりきれない。
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と云う様な根の抜けた目付をして居る様なので、子供はあばれ放題、下女は目の廻るほど呼び立てられて、悪口を絶やした事がない。
 どれだけの経済程度なのか知らないけれ共、子供にあれだけの装をさせて置ける位なら、最う少し体の好いちんまりまとまった生活が出来そうなものだがと、思う事がちょくちょくあったりした。
 まるで、私の家族とは方面の違った仕事をして居る人達なので、私共の家族が余程変って見えたらしい。夕飯頃帰って来ると、じきに小さい者を対手にふざけたり、唇の間から上手にフルートの様な音を出して皆を面白がらせたりして居る父親も注意を引いたには違いないけれ共、いつでも、少くとも十六の目玉の黒点になって、フッフッと煙を上げそうになって居るのは、私であった。
 裏には、私位の女が居ないからとも云えるけれ共、到底私に想像出来ない好奇心を以て、一寸裏にさえ出れば、私の足の出し工合から、唇の曲げ方まで注意して居て呉れる。
 パサパサな髪を
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