頭の後でポコッと丸めて、袴を穿いたなりで、弟達と真赤になって、毬投げをするかと思えば、すっかり日が落ちて、あたりがぼんやりするまで木の陰の遊動円木に腰をかけて夢中になって物《もの》を読んで居たり、小さい子の前にしゃがんで、地面に木切れで何か書き書き真面目な顔をして話して居るのを見ると、どうしても、見ずには居られない様に感じられたらしい。殆ど一日居る学校などでは、あんまり人が多勢すぎたり、違った気持ばかりが集って、遠慮で漸う無事に居ると云う様なのがいやなので、あんまり人とも一緒に喋らない様に出来るだけ静かな気持を保つ様にして居るので、かなりゆとりのある自分の家の裏を、暮方本を読みながら足の向く方へ歩き廻ったり、連想の恐ろしくたくましい悧恰な小さい弟を対手に、そこいらに生えて居る菌《きのこ》を主人公にしたお話しをきかせたりするのは真に快い。
 室内に座って、頭ばかりいじめ勝なので、十日に一度位、汗の出るほど力の入る毬投げをやるのも、私のためには決して無駄ではないのである。
 けれ共、絶えずのぞかれて居るのを知って居ると、いくら私が平気でも気持の好いものではない。
 どことなし斯ういやなものである。
 その日の前五六日程大変気をつめた仕事をして居たので、久し振りで、庭土を踏んで見ると、頸の固くなったのも忘れるほど、空の色でも、土の肌でも美くしく、明るく眼に映った。
 あっちこっち歩きながら、手足をどうにかして動かしたい様な気持になって居た処へ、丁度一番上の弟が毬を持って来て誘ったので、すぐ私は草履を穿いて始めた。
 一杯の力を入れて投げてよこす球を身構えて受け取る時、ひどい勢で掌に飛び込む拍子に中の空気を急に追い出すパッと云う様なポッと云う様な音が出る様に互の気が合って来ると、口に云えないほど男性的な活気が躰中に漲って来る。
 私は眼をキラキラ輝かせて、まるで燕の様に、私の頭の上を飛び去ろうとする球を高く飛び高[#「高」に「(ママ)」の注記]って捕えた時、今まですっかり忘れて居た裏の家の垣根越しに、
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「君の姉さん上手いやねえ。
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とひやかす様な子供の声が大きく聞えた。
 見ると、垣根からズーッと越えて見える部屋の鴨居のすぐ際の処に孝ちゃんと女中が顔を並べてニヤニヤして居る。
 一寸眉を寄せたきりで知らん顔をして居る私を、弟はチラッと見たなり返事もしずに投げてよこすので、私も受け答えをして居るうちに又気が入って、まるで二つの顔を忘れて居ると又孝ちゃんの声が、
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「君ーッ。
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と怒鳴るので頭を曲げて見ると、まださっきの処に前の様にして居る。
 弟は気の毒らしい顔をした。
 孝ちゃん許りなら子供の事だから何と云ったって、かまわないけれ共、二十五六にもなった女まで一緒になって、踏台か何かして、ああやって居るんだと思うと腹が立ってたまらなくなった。
 ほんとにいやな女だと思って、クルッと正面を向いて真面目な声で、
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「そんな事をして居るものじゃあ有りません。
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と云った。
 何ぼ何でも気が差したと見えて女はすぐ顔を引き下してしまった。
 もうそれでいいのだから孝ちゃんに何にも云わなかったけれ共、どうしたらあんな大きな図体をして気恥かしくもなくあんな事をやられたものだろうと、あきれ返ってしまった。
 そんな事々が皆奥さんの不始末の様に思えてならなかった。
 鶏小屋が裏の家の近くになってから段々一人前になって来た雛が卵を生み始めたので、日に新らしいのが巣の中に少くとも六つ七つ位ずつのこされる様になったので、家では殆ど卵を買うと云う必要がなくなって居た。
 都合の好い時などは古くから居る三羽の雌鳥と今度の六羽とで九つ位も生むので、いつの間にか孝ちゃんの親父さんが例の目で見てしまったらしく、どっからか早速三羽の生み鳥と一羽の旦那様をつれて来た。
 孝ちゃんの親父さんが真似を始めたと云って、鳥飼いに明るい弟は、面白がって気をつけて居た。
 鳥が来てから鳥屋《とや》を作ったり、
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「餌は米ばっかり食うのかな。
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などと云って居るのを聞いて、
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「あれじゃあ食い潰される。
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などと云って居た。
 日曜を一日、孝ちゃんの助手で作りあげた小屋には戸も何にもなくって、止り木と、床の張ってある丁度蓋のない石油箱の様なものでその三方を人間のくぐれそうな竹垣が取り巻いてある許りだった。
 猫や犬の居ない国に行った様な、何ぼ何でもあんまり寛大すぎると、家の者は皆明かに生命の危険が迫って居る処に入れられなければならない鶏の若い家族を同情して居た
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