母様は『僕の母様である』」
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と云う事はどれ程幼い彼の心に勇気を与えたでしょう。彼女が――十近くも年の違う姉ではありましたけれ共――母に甘えてどうかして居る晩などは「気味が悪いよ」などと云う母親の顔へ無理でも自分の顔を押しあて様とする事がありますと、彼はもう此上ない憤りに胸を掻き乱されながら鳶色の愛情でこり固まった様な拳を作って拳闘をする様な構えで非常に「無法な姉」に掛って来ました。
年上の者達が一言でも母の悪る口めいた事を云うとそれが悪戯談だと分って居ても聞きずてにはされませんでした。
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「御免もう決して云わないから。
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と云わせずには置かないのです。
気の勝った理智的でまた一方に非常にデリケートである彼が家族中での被注目者であった事は勿論です。
食後等はよくその頓智の利く「おどけ」で家中が笑わされました。
兄姉達は皆彼を愛し尊がって居るのですから今度の病気がどんなに多くの頭を混乱させたかと云う事は略《ほぼ》誰にだって想像はつきます。
母は彼の床に就いたっきりで二食が一度きりになったり顔も洗えない様にし
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