ぱりしないのは余り明くない病室の燈で多くの注意を病児に向けながらも尚一生懸命に上杉博士の憲法の講義を読んだりして四時まで起きて居たためだと分ると、何だか思い掛けず自分の体は弱い情無いものの様に感ぜられました。
 彼女は帯をしめながら、
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「今日は私も少し変だよ、
 風を引き込んだ様で。
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と傍に乳を吸わせて居る女に云いました。
 左程気にも止めぬらしく半ば同情と半ばの義理を混えながら、
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「そうでございましょうよね、
 もう七日目でございますもの。
 随分お疲れでございましょう。
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と云ったのですけれ共彼女は変に上気せた様な顔をして小窓から雪の散って居る外を暫く見てやがて顔を洗いに小春の様な室内から総てが凍て付いた様な洗面所へ出て行きました。
 正面の大鏡に写った顔を見て彼女は自分で自分をすっかり診察して仕舞いました。
 彼女の白眼は海の様に青く、頬の両傍から鼻にかけて妙にうるんできめの荒く赤がった皮膚がたるんで居るのは彼女の頭の工合の悪い時に限って表われる事なのです。
 食堂に来て見ると母は珍らしくテーブルの傍に腰かけて忘れ物を仕た様な顔で頬杖を突いて居ました。
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「英男さんが好いんですってねえ、
 何てよかったのでしょう。
「ほんとにねえ、
 今日はまあ六度六分になったのだよ。
 昨日一日彼那だったので私はまあどれ程案じたか知れやしない。
 ああ、ああよかった。
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 かなり長い間の心労に安心が出て母はぐったりした様にして居ます。
 彼女はその様子に一層気のたるんだのを感じながら、ストーブの石炭からポッカリ、ポッカリ暖い焔の立つ広い部屋の裸の卓子に向い合ってまじまじと座って居ました。
 外の雪の音は厚い硝子に距てられて少しも聞えません。
 非常に静かな部屋の中に二つの心は、安心し、疲れ、嬉しがりながらがっかりして口も利かずに見合って居るのでした。
 午後になっても夕方になっても熱は出ません。
 彼女は益々安心して益々過敏になりました。
 斯う云う時の癖で暗い所に非常な不安を感じ食堂の大窓に掛けられてある薄樺の地に海老茶、藍、緑で細かく沢山な花模様に成って居るカーテンに目の廻る様な気持になりました。
 彼女は呆やりストーブの傍の椅
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