て居ます。
彼女は家事の一切を引きうけて台所の世話から客のもてなしから朝からせわしくとっと、とっとと働きながら、夜は、疲れた看護婦と母を少しなりとも休ませるために四時位までずつうす赤いスタンドの下に本を並べて起きました。
ほんとうにこの一週間程の真剣さと云ったら彼女自身でも驚く程でしたところへ昨日仲働きへ電報で姉が危篤だと云うのです。
東京から五六十里北の者だったのでしたが、何にしろ死にそうだと云うのだからと云って不自由を知って帰してやりましたので、只さえ手不足だった所へ又斯うで、手足の五人分も欲しがりながら彼女は昨日一日疲れる事を知らない機械の様に働きました。
書生と女中とに用を云いつける丈でも平常は引込んでばかり居る彼女には一仕事だったのに、下働きの小女を助けるものがないので午後からは流し場へ立ったっきりでした。
ナイフで大根の皮を剥いたり、揚物をしたり大きな前掛を背中まで掛けて碌に口も利かず女中の通りに立ち働いたのです。
眼の上をへこまして青く興奮して居る母の顔と四十度の熱で氷ずくめに成って居る児に刺戟されて、非常な精力家に成った彼女はじいっとして居ると指先の震える程自分自身も興奮して居ました。
有らいざらいの力で動いたのでした。
彼女の頭の中は夕方近くに来る某博士の診断の想像、立て閉めた西洋間の中の様子、手伝に来て居る者にお菓子をやり医者の車夫に心づけを仕なければ成らない事、五時までに食事を出さなければならない事、…………
まるで蜂の巣の様に細かく分けられた頭は皆その小さい部分部分で活動し手足はよくその事を聞いて呉れました。
彼女にはそれがどんなに嬉しかったでしょう。
彼女はお上品振ったのが大嫌いです。
何にも知らないと云うのを誇りとする「お嬢様」をどれ位哀れんで居た事でしょう。
人間は何でも知って居る丈は知って居なければいけない。
何でもやりこなす腕がなくてどうなるものか。
彼女は、平常こそ書斎にばかり閉じ籠って母の仕事などとは没交渉な生活をして居ても、いざとなればどうにかすべてを切り廻し無くてはならない者になると云う自分のどっかにかくれて居る力をこの時どんなに感謝した事でしょう。
彼女は専心に働いたのです。
けれ共今朝になって見ると彼女は何だか変な気持になりました。
踵の痛いのは立ち続けた故だと分りました。
頭のさっ
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