き付けられながら西洋人の様に聰明らしく大きな目で白い壁の天井をマジマジと眺め、
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「お母様、顔があつい、
病気してつまらないわねえ。
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等と心から淋しそうに云って居るのを見ると、幾分の甘えと我儘の含まれて居る事は分って居るのですけれ共可哀そうがらずには居られなく成りました。
彼女にはこの病児にどれ位母親が頼りであり輝きであるかと云う事はよく分って居ました。
平常から非常に母に対して情深い子で、人混みの中や等に出ると、その小さい手と足で自分の至大な母に迫って来る乱暴者をつけのけ様とし、顔を赤くし、小さい唇を噛[#「噛」に「(ママ)」の注記]いしばって、自分の力の充分でない事を悲しみながら尊い努力を仕つづけるのです。
自分より幾倍かの容積と重量の母を外出の時はきっと保護し迫害者を追いしりぞかすべき騎士の役をつとめるのでした。
彼は自分の母親の普通に立ちまさった外形と頭脳を持って居る事を確信し、自分に対しては何処までも誠実であり純であると云う事も年不相応な比較力で見知って居るのでした。
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「自分は母様の子である。
母様は『僕の母様である』」
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と云う事はどれ程幼い彼の心に勇気を与えたでしょう。彼女が――十近くも年の違う姉ではありましたけれ共――母に甘えてどうかして居る晩などは「気味が悪いよ」などと云う母親の顔へ無理でも自分の顔を押しあて様とする事がありますと、彼はもう此上ない憤りに胸を掻き乱されながら鳶色の愛情でこり固まった様な拳を作って拳闘をする様な構えで非常に「無法な姉」に掛って来ました。
年上の者達が一言でも母の悪る口めいた事を云うとそれが悪戯談だと分って居ても聞きずてにはされませんでした。
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「御免もう決して云わないから。
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と云わせずには置かないのです。
気の勝った理智的でまた一方に非常にデリケートである彼が家族中での被注目者であった事は勿論です。
食後等はよくその頓智の利く「おどけ」で家中が笑わされました。
兄姉達は皆彼を愛し尊がって居るのですから今度の病気がどんなに多くの頭を混乱させたかと云う事は略《ほぼ》誰にだって想像はつきます。
母は彼の床に就いたっきりで二食が一度きりになったり顔も洗えない様にし
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