子に寄りかかって小さい鉢植えのヒヤシンスのクルクルした花をながめて、彼の日――その花を三丁目の辻村に買いに行った日大層天気がよくて私はどんなに喜んであの通りを歩いて居ただろうとその様な事やほんとにこの一週間は日記以外に一字も殆ど書かなかったっけ等と云う事を、それはそれは隙だらけの気持で思い出したりしました。
 けれ共十一時頃になると又気が引きたって来て看護婦を起すまでの時間を珍らしく用いならした茶色につややかな太短いペンを握って何かしら思った勝手な事を書きつけて居るのでした。
 実際彼女は疲れ切って居たのです。
 けれ共彼女の身動きもしない様に落着いて居る傍には漸々病の攻めから幾分ずつ逃れられて来た希望に満ちた美くしい子が安らかな眠りに落ちて居ます。
 寝食を忘れて愛子を取り守って居る母親は喜ばしい安心に心からの眠りを続けて居るのです。
 この二つの寝顔を見守って彼女は目をこすりながら微笑するのでした。



底本:「宮本百合子全集 第二十九巻」新日本出版社
   1981(昭和56)年12月25日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
初出:「宮本百合子全集 第二十九巻」新日本出版社
   1981(昭和56)年12月25日初版発行
入力:柴田卓治
校正:土屋隆
2008年5月18日作成
青空文庫作成ファイル:
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