二つの短い話
宮本百合子訳

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)確《しっ》かり

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)十|片《ペニー》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「鼾のへん+嗅のつくり」、第4水準2−94−73]
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       笛吹きとプカ

 昔、ガルウェーのダンモーアと云う処に一人の半馬鹿がいました。彼はひどく音楽が好きでしたが、たった一つの節しか覚えることが出来ませんでした。その一つの節は「黒坊のいたずら小僧」と云うのでした。
 村の人達は彼をからかって遊ぶのが好きでしたから、半馬鹿はよく皆から沢山のお金を貰いました。或る晩、この半馬鹿の笛吹きは舞踏のあった家から自分の家に帰ろうとしていました。彼は少し酒に酔っていました。そしてお母さんの家へ来る道の小さな橋の処まで来かかると、彼は笛をしめして「黒坊のいたずら小僧」を吹き始めました。すると、プカという魔物が彼の後に来ていきなり彼を自分の背中に背負い上げて仕舞いました。プカの頭には長い角が生えていました。驚いた笛吹きは確《しっ》かり其角につかまり、さてプカに向って云いました。
「獣奴! 消えてなくなれ! 俺を家へ帰しておくれよ。私は阿母さんにやるお金を十|片《ペニー》ポケットに持っている。阿母さんは※[#「鼾のへん+嗅のつくり」、第4水準2−94−73]《かぎ》煙草が欲しいんだからさ」
「阿母さんなんか如何でもいい」とプカが返事をしました。
「だが確かりつかまっていろ。落ちるとお前の頸の骨と大事な笛が折れて仕舞うぞ」
 そして、又云うには
「私にシャン ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ン、ヴォクトを吹いてきかせてお呉れ」
 笛吹きは
「俺そんなの知らないよ」
と云いました。
「知ろうが知るまいがかまわない。吹きなさい。私が教えてやる」
 そこで笛吹きは笛の袋に風を入れ、自分で喫驚《びっくり》する程立派な音楽を奏しました。
「さてさてお前は偉い音楽の先生だ」
 笛吹きはプカに申しました。
「けれども一体何処へ私を背負って行こうと云うのかい?」
「今夜パトリック山の頂上でバンシー達の家に大宴会がある。私は其処へお前を連れて行って音楽をやらせよう
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