たまま、
「――ともかく、わかるようにしておく」
といった。
「僕がいなくても、ちゃんとわかるようにしておくから、姉さん、安心していい」
伸子はその言葉を思い出したのだった。僕がいなくてもわかるようにしておくから……。それは、保だって旅行に出ることもあり、そこへ、行李の中のどの本を送ってくれとたのんだ伸子の手紙がつくことだってあるだろう。けれども、なぜ、わざわざあんな風に念をおしたんだろう。保の几帳面さからではあるのだろうけれども――。そのとき、タクシーがめじるしの椎の樹の下を思わず行きすぎた。素子が、
「そこ! そこ!」
あわてて大声で注意した。伸子も自分たちの降りる角を見まちがうまいとして、バックしはじめたタクシーの座席から腰をうかした。
底本:「宮本百合子全集 第六巻」新日本出版社
1979(昭和54)年1月20日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第十巻」河出書房
1952(昭和27)年6月発行
初出:「中央公論」
1947(昭和22)年1、3〜9月号
※底本266ページに現れる「衒学《げんがく》」と、274ページに現れる「柘榴《ざくろ》」のルビは、ページ初出の当該文字に移しました。
入力:柴田卓治
校正:松永正敏
2002年6月25日作成
2003年6月29日修正
青空文庫作成ファイル:
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