アは、ぴったりしめられている。越智に対する伸子の批評に向ってしめられている。伸子は、そのハンドルにかける手をもっていない自分を感じるのであった。
 心のおき場がなくて、伸子は保の勉強部屋へあがって行った。
 二階の日あたりのよい畳廊下で赤いメリンスしぼりの蒲団をかけ、小さいつや子が、お志保さんに本をよんで貰っていた。背中をかがめて膝の上に支えた手の本をよんでいるお志保さんのうしろに伸子が現れると、
「ああ、お姉ちゃまが来たア」
 つや子が、いかにも、その変化をよろこぶように声をあげた。
 伸子は、つや子が病気だとは知らなかった。
「どうしたの? 又ゼーゼー?」
 末子のつや子には、喘息の持病があった。
「二三日前雨がふりましたでしょう? あのとき学校から、ぬれておかえりになったもんですから」
「なに読んでるの?」
「アラビアン・ナイトでございます」
 つや子は、左右にたらした短い編下げの頭をふるようにして、
「お姉ちゃまア」
と伸子を見あげた。
「ここへ坐って! あったかよ」
 伸子は、ふとんと同じメリンスしぼりのねまきを着ているつや子を半分自分の膝によりかからせた。
「つや子ちゃん、
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