話が出たとき佃の凡庸さにふさわしい、という風に短く笑った。伸子は、黙って、庭の竹の葉が風にそよぐのを眺めていた。
佃が伸子をその中に守ろうとしていた家庭の幸福というものは、若い伸子が求めてやまない、生きているらしい生活というものとは、決して一致しないものだった。さらに多計代が熱望している佐々家と伸子との繁栄、名声というようなものと、佃の生活目標はちがっていたし、伸子の願望ともかけはなれていた。三様の人生への願いが巴《ともえ》となって渦巻き、わき立った。
佃とわかれ、長い小説としてまたその生活を生きかえした伸子は、二度目の結婚とか、家庭生活とかいうことについて、素子との暮しのうちに出没する男の誰彼を連想することは全然不可能であった。伸子のこころとからだとの中にあって、伸子をひとつところに止まらせて置かない力、それを伸子は何と名づけたらよかったろう。どう処置していいのかさえ、わかっていなかった。世間で、結婚や家庭生活を、人間生活の一つの安定ときめてそのように形づけ内容づけるとき、きめられた安定におさまれない一人の女が、ただのくりかえしとして次の対手を求め、家庭生活をくりかえして見たいと
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