きさつを追った作品であった。五年の間苦しみながら自分として生き甲斐のある生存を求めて来た道を、そうやってたどり直して見るしか伸子には新しい一歩の踏み出しようがなかった。動坂のうちにとって、伸子が、はっきり外にいる娘の立場に立つようになったのも、その小説とつながりがあった。多計代は娘の書く小説を一行一行よんだ。そして女主人公の母親として登場する人物を、現実の自分とてらし合わせ、感情を害するたびに、伸子を動坂へよびよせた。呼ばれるごとに、伸子はせつない表情をして多計代の腹立ちをきいた。お前は冷酷だ。そういわれた。エゴイストは、自分だけ満足ならそれでいいのだろう。そう罵られた。越智との交渉が深まってから、多計代の心持は、伸子にたいする越智の批評を柱として、なお複雑となり固定した。調和的な天性の佐々は母娘の争いにくたびれて、
「伸子、もっと空想の、美しい小説を書きなさい、え? お前は書ける人だ、あの素晴らしい色彩で、さ」
といった。伸子は、そういわれると、目に涙をため、父親の分厚い、節に毛の生えている温いなつかしい手を自分のほてる掌でおしつけた。佐々が、無邪気にほめて美しい色彩という作文は、伸
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