に、すぐ荒らびや生活の推移が見えるつくられた庭より、あっさりとしていて、雑草も季節の賑わいになるような借家の庭が、伸子に気やすい感じだった。去年、夜行で京都から帰って来た朝、伸子は二階のはしごの上から下まで滑りおちて、階段下の板をへし折るほどからだをうった。その時住んでいたのは、老松町でも、お裁縫やの二階ではなくて、アメリカの宣教師たちが住む古くから有名な洋館の近くであった。その家のせまいはしご段を、伸子はスリッパをはいたまま降りかけて、スリッパの踵が滑ったとたん、はっと思う間もなく下までおっこちた。その時から伸子の左の耳に耳鳴りがはじまった。小さいモータアが鳴るような音がしはじめた。素子が、二階のない、もっと閑静なところへ住むことを提案して、門のわきに栗の木の生えているここへ引越して来たのであった。
その朝の「朝日」には、一頁をそっくりとって「福助足袋の生い立ち」という岡本一平の漫画広告が出ていた。様々の工程を経て、足袋の頭をした福助が買い手の前にまかり出るまでの道ゆきが、のんびり漫画でかかれている。南縁からの陽のぬくもりで新聞のインクの匂いがいくらかつよくにおう。ひろげた新聞の上
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