おりるでしょう」
そういいながらなぜかちょっと、傍の小さい夫人の方をみた。夫人は、にこやかな表情のまま、大きい良人の方は見ないでうなずいた。
「一週間もたったら出来るでしょう。そう思います。そのときおいで下さい」
博士の住んでいる茶色の別館を出た伸子と素子とは、互にひとことも口をきかず、ゆっくり大使館の門外へ出た。ろくな街路樹もない歩道をしばらく歩いて一軒の文房具屋の前へ来たとき、
「ぶこちゃん、ちょっとまってくれ」
素子が立ちどまって、たてしぼの単衣羽織をきた袂からタバコ入れを出した。
「ともかく一服しなくちゃ!」
あんまりそれは実感に迫ったいいかただった。
「まったくね! あなたは、こういうとき、そういうものがあるから本当にいいわ」
そういいながら、伸子は商店の並んだその街上を見まわした。
「でも、歩きながらじゃ変だから……」
正午近い電車どおりのむこう側で、坂の下りかかりに色のあせた藍縞の日よけを出した一軒の喫茶店があった。
「あすこへ行きましょう、どんなとこでもいいわ。かけられさえしたら――」
素子は、まちきれないように、白ペンキをぬったその喫茶店のドアの内へ入る
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