とりはなかった。佃との生活がもってゆけない苦闘で、あぶられるような日々を送っていたとき、中学四年生の保の家庭教師について考えてやれなかった。越智圭一は、大学の助手で、佐々と同郷のある博士の研究室から、佐々の家庭に推薦されたのであった。
 伸子は、保のからだを自分のこころの力でおすような思いでいった。
「保さん、和一郎さんとあなたとは、まるで性格がちがうんだし、私だってずいぶんちがうわ。うちの中だけでは私たち育ちきれないのよ。フレームから出なければ、駄目なのよ。土の新しいのがいるのよ。だから、本当に友達を見つけなさい、ね。越智さんが、こんなに永年つき合いながら、そういうことをあなたのような人にいって上げないなんて、あんまりだわ」
「越智さんは、越智さんとして、いろいろいい話をしてくれる」
「だって」
 なお、はげしくいいかけたところへ、
「ごめん下さい」
 襖の外から女中が声をかけた。
「奥様がおよびでございます」
「…………」
「だれに?」
 保がききかえした。
「伸子さまに……」
「――すぐ行きます、からって……」
 そろそろ伸子が立ちかけると、保もそれにつれて立上った。
「僕も一緒
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