ということは、その経験があるだけに、かえって伸子を考えぶかくするのであった。
「あなたは、自分の専門だから、行く理由も目的もはっきりしているわ。でも、わたしの方は……ねえ、わかるでしょう?……それにね、いま、わたしの心に、こうなっているものがあるの」
伸子は、両手の指を胸のところで、もしゃくしゃと動かしてみせた。
「それがまとまると、きっとはっきりすると思うの、だから、もうすこし待って……」
「それゃ、待つも待たないもないけれど……」
相川良之介の死は、それを知った当座のおどろきや疑い、悲しさの激発が一応はしずまったあと、伸子のなかに深い余韻をのこした。その余韻は、細々としながらしかも消しがたく、丁度相川良之介が「蜘蛛の糸」という小説でかいた一本の細く光る蜘蛛の糸のように、伸子の日々を縫い貫いて、その日々に何かの作用を与えはじめていた。その蜘蛛の糸は、いまにも絶えそうに細いのに決して切れない強靱さをもっていて、南京玉を一粒一粒ととおしてゆく絹の糸のように、いつの間にか、伸子の心の中で、一つ一つばらばらにおこって伸子をつき動かした出来ごとと出来ごととの間をとおして、それはなんだか、そ
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