いながら、ゆずらない小声で、
「そのお金、出来ないでよかった」
といった。
「もし出来たら、わたし困るわ。やっぱり、そんなこと出来ないし……」
 赤いパイプを口の中でころがしながら、素子はまぶしい庭から移した視線を伸子の上においた。
「――ぶこちゃんの気持は、じゃあ、どうなのさ」
 外国旅行の話が出て初めて、素子がそうきいた。
「行く気がないのか?」
 まるで行く気がないといえば、それは一面に傾きすぎた答えだった。
 それかといって、伸子のいまの心は、どうしても行きたい、というところまで歩み出していなかった。
「もちろん、行ってもいいと思うわ。でもわたしロシア語専門というのじゃないから、行くならフランスなんかもみたいし……」
 だが、それも伸子の心もち全部をいいあらわしている返答でなかった。伸子は、もしこんど外国にゆくのなら、本当に自分ではっきりした動機をもって、はっきりした心持で行きたいと思った。二十のとき、父につれられてニューヨークへ行った。それは伸子とすれば全くうけみな偶然であった。その偶然をそのときの伸子として一番痛切だった方向に活かそうとしたのが精いっぱいであった。外国へゆく
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