したレーニンの本の広告があって、その題が「一歩は前へ、二歩は後へ」とあった。伸子はおかしがって、
「どっちへゆくんだかわからないみたいだわ」
と笑った。素子も、
「オブローモフだ、これじゃ」
と笑った。そのことをいっているのであった。
 夕飯の食卓に、それもハルビン時代のものだというウォツカ用の切子《きりこ》の瓶が出た。それには葡萄酒が入れられていた。白い卓布をかけた卓に、小さいコップが並べられて、台所と茶の間の往復は、水色のエプロンをかけた細君がした。妹のひとが、小川と素子の間に坐って、とりもち役にまわった。
 葡萄酒ですこし赤らんだ素子が、
「あんなに姉さんにばかり働かしといて、いいんですか」
とじょうだんのようにいった。するとしめた障子のむこう側から、
「いえ、いえ。こっちは一人で十分なんでございますから……どうぞ御心配なく――」
 下を向いた手もとでは細かく何かしているらしい声で細君が答えた。
「わたしは、なにも出来ないもんですから……」
 妹のひとは、そういって声を立てずに笑った。そして、ちらりと小川豊助を見あげた。小川豊助は、素子からもらったタバコに火をつけて、それを右手の
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