宅地らしい生垣の間をゆくと、つい通りこしてしまいそうな垣根の隅に、横向きのように簡単な門があった。二階が見えていて、その門を入るといきなり右手に井戸があった。いきなり井戸のある門口は何だか風変りで、そういう家に住む小川豊助という人がオブローモフを訳しているということも、伸子を気やすい思いにさせた。
「こんちはア」
格子の前で素子が声をかけた。返事がなかった。
「――いないんですか?」
そういいながら格子に手をかけたら、すらりとあいた。
「不用心だなあ――小川さん! わたしですよ。いないんですか?」
そのとき二階から大柄な二十四五の女がいそいで降りて来た。そして、
「ようこそ、どうぞ」
と玄関に膝をついた。そのあとから、小川豊助も降りて来て、階下口の鴨居へ片手をつっぱるようにして顔をまずのぞけながら、
「やあ、よく来て下さいました、どうぞ、どうぞ」
初対面の伸子に向って、改めて頭を下げた。小川豊助はこまかい縞ちぢみの単衣をいくらか胸のはだけたように着て、ゆるく兵児帯をまきつけている。年より早く頭がはげていた。にきびのあとのでこぼこがあるあぶらぎった顔の上に、小ぶりな銀ぶち眼鏡がか
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