じめな感情にそむいたものと感じられるのであった。
関東の大震災の後、復興のために自動車の輸入税が一時廃止された。
「買うならこういう機会だね」
遊びに行っていた伸子も、両親や弟たちに交って、いろいろの自動車会社から出されたカタログを見た。
「多計代のハイヤー代だけでも相当だし、俺はどんなに能率があがるかわからない……しかし、贅沢な車は駄目だよ。第一、門が入りゃしない」
伸子の知らない幾晩かの相談の末、イギリスのビインが買われた。小型の黒い地味なビインにふさわしく、小柄で律気な機械工出の運転手の江田が通いで雇われた。江田は一風ある男で、はじめて来たとき、お仕着せは絶対にことわった。佐々のお古を頂きたい、と約束した。そして、お下りのハンティングをかぶって、毎朝八時というと、小柄の体をひどく悠然と運んで通って来るのであった。
いま、竹垣のそとにホースをつかっている江田の姿を目にうかべ、伸子は、思わず一人笑いをした。父をなつかしむ笑いをもらした。泰造は米沢に生れて、イとエの発音がさかさになることがあった。字でかけばちゃんと書いたが、発音では逆になった。江田が運転手になったとき、佐々は伸
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