れども、女として、ひとのした仕事を、別の国の言葉に移すだけが、一番ふさわしい能力だときめられることは悲しいと思う。翻訳を立派にする人も出なければならないが、自分の仕事をする婦人も、もっともっと出なければならないと思う、と。もっと大きな声で願います、といわれながらやっとそれだけいったときの、のぼせたせつなさを思って、今も、伸子は腋《わき》の下がしっとりとするのであった。
 いいあんばいに司会者は、伸子を指名しなかった。日本側の婦人客が話し出してから、中国女学生たちは、礼儀上しずかになって、その話をきいた。が、一座には、親睦の雰囲気は最後までかもし出されなかった。伸子が不服をもったこころを胸にたたんでいるとおり、中国女学生たちの顔々には、なんのための会だったのかといぶかしがり、不満がっている表情がありありと浮んでいた。挨拶が終ると、またすぐ中国女学生たちは仲間で話し出し、それは批判的な内容であることが、言葉のニュアンスや顔つきで、伸子にも感じられた。一九二七年というその年の二月末には上海の大ストライキがあった。その結果臨時革命委員会というものができて上海市の政治が中国労働者によって行われは
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