きなれた。そのために発表の場面は不足せず、経済的にも小規模の安定がたもてた。書き終った長篇小説は、それとして伸子の人生を一歩前進させた。けれども、その長篇をかき終ったことで到達した境地からは、伸子は、また歩みぬけてゆくために必要な活力は、二人の日々に動いていないことを、伸子はぼんやりと、感じはじめていた。そして、その不安は段々ごまかしにくくなっている。素子の発案で、日々に何かの変化があっても、それは同じ平面上での、あれ、これの変化にすぎない。素子が何か気のかわることを計画するとき、同じ平面で動いているにすぎないという感じは、かえって伸子ののどもとに苦しくこみあげた。
要するに夏になれば鎌倉に粗末な家でもかりて、そっちへ仕事をしにゆくとか、ナジモ※[#濁点付き片仮名「ワ」、1−7−82]の「椿姫」を見のがさず、日本橋でうまい鰆《さわら》の白味噌づけを買い、はしら[#「はしら」に傍点]とわさびの小皿と並べて食卓を賑わすとか。素子はそういうことによく気がつき、それをやかましくいい、又たのしみ、生活の価値の幾分を見出しているようであった。素子が細々とそういう細目で毎日をみたしてゆくとき、伸子
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