が幾人か招かれたなかに伸子も加えられた。
 あまり会へ出るようなことのない伸子は、中国からの女子学生団というところに心をひかれた。アメリカの大学附属の寄宿舎暮しをしていた間、伸子は中国女学生の集団的な行動と、中国の実情を外国に知らそうとする熱心さにうたれた。同じ寄宿舎に生活していた数人の中国女学生が、余興つきの「中国の夕べ」を催したりするとき、彼女たちの活動ぶりは、中国女性のつよさと、政治的な力量のようなものを伸子に印象づけた。そういう中国の若い女性たちが、観察のために眼と心とを鋭くひらいて東京へ来て、どんな発見をしているだろう。伸子が女学校を卒業してから、一学期だけ通った女子大学の英文科の予科のクラスにも、崔さんとかいう名だった中国の女学生がいた。その崔さんは、むくんだような顔色の上に古風なひさし髪を結い、めいせんの日本服にエビ茶の袴をはいていた。纏足《てんそく》した小さな足で不自由そうに歩いた。教室の一番うしろの席にいて、伸子は崔さんを見るたびに、彼女をなにかなぐさめてやりたい気持になった。伸子がそんな気分にうごかされるように、崔さんの沈んだ顔色や言葉も足も不自由な姿には漠然とした満たされない感じがただよっていた。日本の生活が中国の留学生にとって愉快なものでないことは、そのころの伸子にもわかっていた。彼らを愉快でなく暮させている日本へ来て、中国の女学生はどんな感想をもっただろう。伸子はそれが知りたい気持だった。
 午後一時という定刻に、伸子はその新聞社へ行った。茶話会は、会議室でもたれることになっていた。麻のカヴァーをかけた長椅子だのソファーだのが壁ぎわにおいてある。室の中央に長い会議用テーブルがあり、伸子が入って行ったときは、もうそのまわりに十六七人の女学生と背広をつけた三人の男の引率者とがかけていた。伸子の知らない教育家らしい風采の中年の日本婦人が二人来ていた。伸子は、そのとなりの席へ案内された。
 茶話会というからには主催者が一座のものを紹介して、通訳をとおしてながらもくつろいだ話が出来るのだろうといくらか楽しみをもって期待して来た伸子は、何を標準にしているのかとにかくきまりすぎた席次やその室の気分を意外に感じた。お客になって椅子に並んでいる女学生たちは、みんな黒い髪を肩までのおかっぱにしてきり下げ、支那服を着て、きわめて行儀よく並んでいる。どの顔も素顔で、浅黒く、いかにも師範の女学生らしい簡素さである。動かない彼女たちの姿勢と表情のうちで、きつい黒い瞳ばかりがいちように好奇心をあらわして、伸子たち少数の日本婦人の上に注がれている。その席には、日本流の窮屈さがあり、またその上に古い中国の長幼の序とでもいう風な礼儀の窮屈さも加っているようであった。長テーブルの中央にはひとはちの盛花があって桃色のヒヤシンスが匂っていた。
 なんとなし手もちぶさたな時がすぎて、やがて日本側の主賓であるある評論家が入って来た。縞のズボンに黒い上衣をつけ、背の高いからだに、伸子が写真で見なれた顎のはった顔と、ぴったり真中からわけられた灰色っぽい髪がある。
「やあ、どうもおそくなりまして……よそからまわって来たもんですから……」
「いえ、どうぞこちらへ」
 その評論家は、長テーブルの上座にあけておかれた席にかけた。
 司会者であるその新聞の婦人欄の記者が立って、挨拶をした。新しい中国の教育のために活動しようとしている女性たちの希望ある前途を祝福する意味での小さい集りとして、話した。それを、黒背広をきた小柄な引率者の一人が中国の言葉にうつして女学生につたえた。女学生たちは、うなずくように濃い黒いおかっぱを動かし、幾分椅子の上でのり出した。
「では、これから早川先生の御話を願いたいと思います」
 記者は、上座に向ってちょっとお辞儀をした。早川閑次郎が起立した。そして、服のポケットに右手のさきを浅く入れ、講演になれた態度で、微笑をふくみながら話し出した。伸子も、おとなしく耳かくしとよばれる髪に結っている頭をそちらに向けた。猫好きで有名な独身生活者で、綜合雑誌へ皮肉と進歩性のまじった論文、雑文をかくこの評論家は、どういう思想のおくりものを、これらの中国女学生たちに与えようとしているのだろう。そのころ中国の社会は、日本よりも急激に変化していて、女性の政治的なめざめも注目されていた。そういう空気の中から来ている中国の若い女性へのおくりものは、同じ時代に生きる女であるということから伸子たち居合わせる日本の婦人たちにとってもおくりものとなるわけだった。
「あなたがたのお国には、孔子という哲学者がいました。そして、儒教という非常に優秀な道徳を鼓吹して、日本も何百年という間、そのおかげをこうむって来ています」
 通訳をしなければならない黒背広の小柄な人は、せっせと
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