云われて来た。それにたいして食うための苦労をしなくたって、と人間の高まる可能を思いつづけて来たのであったが、今、伸子にはそういう卑俗な、そして、現象からだけ云われている言葉にも、もうすこし違った意味がありそうに思えた。ちがった意味というのは、伸子が勤労階級の生活の中から育ったものでないということ。保の上には、ある程度それを見て、心痛しているその同じ小市民風の考え癖、そんな考え癖の生れる保と、同じ本質の階級の地盤に自分も生活の根をもっている、ということが理解されるのであった。だからいつかのように、どうしても保にシュッ! としたことが云ってやれなかったわけもわかるようだった。
 これらの発見の一つ一つは伸子にとって、自分の無智と無力を知らされることであった。しかし、この自己暴露には身をひきはがすような痛さと同時に爽快さが伴った。
 階級的に発展することだけが、小市民の歴史における正しい生きかただとして、それはどういう風にしておこるだろう。
「あなたにわかる?」
 伸子は、校正をしている素子のわきにくっついて云った。
「相川良之介の聰明に限界があったわけがわかるようでもあるんだけれど――階級的移行って、一人一人にとって、たとえば、あなたやわたしにどういう風におこるんだと思う?」
「ぶこちゃんは、それが生れつきなんだろうけれど、いやんなっちゃうな」
 赤インクのついたペンをもったまま素子はほんとにいやになるようにわきに立っている伸子を椅子の上から見上げた。
「いつだって、こうだ、知ってるかい自分で――こんどだって、あの本見つけて来たのは、わたしだよ。ぶこちゃんは、うちにただ坐ってたんじゃないか。わたしは用で外へ出なくちゃならない。すると君は坐ってそれをよんでいる。そしてどんどん吸収して生長してゆくんだ。いつだってそうだ。わたしがきっかけをつくる、それをわきからとってものにしてしまうのは、ぶこさ」
 素子は、暗い眼でじっと伸子を見すえた。
「そこがおおかた力のちがいというもんなんでしょうがね……」
 奥歯をかみあわせたような辛辣さで云った。
「……わたしは、ぶこに食われるのはごめんだよ」
 なにかいおうとして伸子は唇をすこしあけた。けれども、なんといってよいかわからなかった。暗い素子の視線のなかには、そんなに複雑にそして本気に伸子をつきのけるかげがあった。でも――伸子は素子と
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