の漫画エハガキがのっていた。いろいろ愉快にやってます、と文句は簡単であるけれども、小枝やその兄弟、従弟たち若いものばかりの無邪気で野放図な昼夜の情景――そのエピソードには西瓜どろぼうもはいっているらしい賑やかさが偲ばれた。彼らのところには正真正銘の夏があるらしかった。
多計代が、
「吉見さんはこのごろどうだい?」
と、きいた。
「きょうは、一緒じゃなかったのかい?」
「あのひとは京都へ行ったわ」
「――へえ」
それは、皮肉の用意された調子であった。
「なにか京都にあるのかい」
伸子は、
「親があるわ」
と、ぶっきら棒にいった。
「用もあるでしょう」
多計代は、しばらくだまっていたが、わきの手提袋から小鈴のついた鋏を出して爪をきりながら、
「伸ちゃん、相川さんの、あの女人ていうのはいったい誰のことなんだい」
ときいた。
新聞に発表された「ある旧友への手紙」の中に、相川良之介が死にとび入るために一つのスプリング・ボードとして女人を必要と感じたことが書かれていた。一人の婦人が一緒に死のうとしたが、それは出来ない相談となった。やがて、そういうスプリング・ボードもいらないようになった、とかかれていた。相川良之介の死が公表された朝の記事に、記者会見で故人の旧友の一人である久留雅雄が、その点についての記者の質問に答えていた。妻をいたわりたいと思った、と相川良之介が書いているのだから、それはおそらく夫人のことであったろう、と。伸子は、そう理解しなかった。たとい死別するにもしろ、ということばを前提として妻をいたわりたい、とのべられていることは、女人と夫人とは別のひとであった事実を語っている。いずれにしろ、こういう心理は、記録されている全体の経過のうちの一部分であるにすぎないと思われた。こういう心持のときもあった、そういう比重で書いてあることとしてよまれた。伸子には、女人のことよりも、相川良之介が、僕の遺産は百坪の土地と僕の家と僕の著作権と僕の貯金の二千円あるだけである。僕は、僕の自殺したことで僕の家の売れないことを苦にした。別荘の一つもあるブルジョア達にうらやましさを感じた、と書いている、そのことに妻子をのこし芸術家として死のうとする彼の良人とし父親としての思いの厚さを感じていたのであった。
常にふかいつきあいもなかったことがわかっている自分に、多計代が、どうしてそんなに
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