こから光線がさしこんでいる。けれども、四方の壁が柱と同じようにやっぱり真黒い塗料でぬりこめられているから、その明るさなどは吸収されて、机のところに、単調で鈍い庇合《ひあわ》いの明るみが落ちているばかりであった。たしかに、その半地下室の空気は、ひやりとした。でも――なぜさ。伸子は、黒く光る柱の下にたたずんで、ほんとに声に出してそうひとりごとした。なぜさ! 涼しい、といったって、夏のさかんな季節のおもしろさ、その自然の美しさや光線の横溢を、こういう半地下室のひやりとした朦朧《もうろう》さととりかえている保のこころもちを、伸子は解せなかった。つよく、わからない、と思おうとしている伸子の感情はいわば強いてもそのわからなさに踏み止まっている、というところがあった。相川良之介の死。「ある旧友への手紙」。その感銘ぶかい葬儀からかえったばかりの伸子の神経には、保の土蔵への引こしを、ただ偶然のことと思えないような過敏さがあった。土蔵好きになった、という保の心持そのものに不吉感を感じるのであった。
 伸子は、言葉にいえないその不吉感を、自分に認めることさえ恐れた。そういう風に感じたりすることは、わるい文学趣味だと思おうとした。
 伸子は、またガラガラとひどい音をたてて網戸をあけ、それをしめて、土蔵から出て来た。出た途端に、ボオッと炎暑でやけた外気が体につつみかかって来るのがわかった。半地下室の方が涼しいことは全く事実なのだった。
「見えなかったわ」
 伸子は、食堂にいる多計代のわきの出まどに腰かけた。
「保さん、いつから、あんなしゃれたこと工夫したの?」
「さあいつごろだったろう……なにしろ、ことしの暑気は実際ひどいものね、無理はないよ。わたしも二階はほてりで寝苦しくて閉口だ」
 扇風機が多計代のよこてから風を送っていた。
「お母様、保さん、ぜひ一緒につれていらっしゃいよ」
「ああ、わたしもそう思っていたらね、ドイツ語の講習会がすんだら、珍しく今年は東大路さんなんかと、しばらく野尻湖の夏季寮へ行くんだとさ。あっちは、これからだそうだよ」
 多計代は、その叔父の著書で知っている東大路という名に、自分の安心をもたせかけているような調子でいった。和一郎の方は、十日ばかり前から湘南にある飯倉の伯父の別荘に行っているらしかった。漆細工で柿の実を飾った小ひきだしの上に、和一郎がペンで描いた西瓜泥棒
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