子は、素子らしく、
「畜生! どうしたんだろう、このあくび!」
とわが身をつねるように罵るそばから、あくびはとまらず、青年は、おだやかに慰めた。
「疲れたんですよ。――よっぽど疲れたんだ」
 しかし、何かの機会はすぎてしまった。
 余りあくびが出つづけて妙にからだがくたくたに力抜けしてしまった素子は、その岩のところまで戻って来た一行と合流し、みんなにたすけられて宿へ戻った。
「しゃっくりというものは、二十四時間つづくと死ぬっていうが、あくびはどうですかね、そういうことはないんだろうね」
 奄美《あまみ》大島生れの、髭の濃い教授は、それが若い女性であるということで一層こころもとなさそうに、まだときどきぱふと口をあけては苦しそうにあくびをしている素子をかえりみた。
「若いご婦人は笑いがとまらない、ということはきいているが、――どうも……こういうこともあるものかな」
 医者のよびようもなくて、おいおい素子のあくびはおさまった。それから数年をへだてて素子はまたその青年とあった。そのときは仙台であった。青年はもう地方官としてそこにつとめていた。素子は、自分からそのひとを訪ねて行ったのであった。そして、勤めさきから、帰りにまわって来るそのひとを、土地の料亭で待った。芸者がよばれた。それは素子が云い出したことであった。
 素子が、そうやって仙台までさりげなく出かけた心のうちには、昔、伊豆で過した夏の思い出があり、三原山の思い出があった。あのとき、計らずもあくびでそらされた機会への関心があった。それにひかされて仙台へ行ったのであったのに、素子は、さし向いの晩餐をてれて、我からぱあとした雰囲気にしてしまった。その晩、仙台の町を素子の宿まで送って来る途中、そのひとは笑いながら、三原山の昔話をした。
「実は、あのとき僕は、あなたに求婚しようと思って大決心していたんですよ。ところが、あのあくびだもんだから……全くおどろいたなあ」
 そのひとは、そういいながら快活な高声で笑った。二人の間ではもう笑って話す昔のひとつばなしとして笑った。素子は二度めに、そして永久に、機会が去ったのを感じた。そのひとは、仙台でも、まだ独身であった。けれども、料理屋で待っていて、お給仕に芸者をよぼうという女の友達に、自分の妻を連想さえ出来なかったのは、無理もなかった。それが無理のないことであるということを、素子は万
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