これ程、自分の感情、よく云われる悪く云われる、世間体、体面を喧しく云われるのなら、何故、自分を仮にも芸術家として世に立たせて呉れた。何故、左様な天分を与えて生んで呉れた!
 涙が、押えても流れた。母と自分の為、一生の用意の為、自分は、心のあらいざらいの熱誠をこめて、話した。
 母も泣かれる。
 私なんかは、如何う云われようが、何と思われようがお前の芸術さえ、崇高なものになれば、構わない。けれども、そうは思えないのだもの、どうしたって、左様は思われないのだもの。
 あれから、考えて考えて、夜も碌々眠らない、と泣かれる。
 私の仕事を思って呉れられる愛、それをもう一歩、真個に、もう一重、ぽん! と皮を打ち破って、広い処へ、何故出られないのだろう。
 何故、出て見よう、とはされないのだろう。
 彼女の愛は身にこたえる。然し、不明な点は、一歩もゆずれない。一言、悪かったと云ったら、私は、少くとも、今度の恋愛、結婚、すべてを悪かった、と自認したごとくなるだろう。未来の一生を、彼女の、狭い、純潔だが、偏した、善悪の判断の下に、終始しなければならなくなるだろう。
 寒い日で、炬燵にさし向い、自分
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