ーリング・ウォーターとなって滲み通って行くのだ。
 私は、とり戻せた平静を感じて帰宅した。けれども、夕刻に近く帰って来たAに其、突然起った今日の出来ごとを告げる時、口吻には、自ら、迷惑げな響が加えられた。
 Aがそれを、何方かと云えば、だらしないこと、不快の分子の多いこととして感じるのを、心が、我知らず先廻りをして仕舞ったのであった。
 斯様にして、自分と林町との間に丈は、皮膚の傷が自ら癒着するように、回復が来た。
 一度、固執を離れ、自分の芸術と云うことを抜きにして逢って見れば、自分達母娘は、流石《さすが》に何と云っても血で繋ったものである。彼女も会うことは嬉しく、自分も、楽しい。平常ほど繁々ではないが、又、折々自分は林町へ行くようになった。西洋間に坐り、自分の家には、殆ど全然欠けて居る趣味的な圏境にゆっくり浸ること丈でも、自分を可成り牽くことなのである。けれども、切角林町で幸福に、深い感興を覚えて来ても、一歩家に入ると、Aの、何とも云えない険悪な、陰鬱な感情に充満されて居るのを見るのが、如何にも自分には苦しかった。
 彼には、私が独りで彼方に行き、独りで相当に楽しく愉快にして来るの
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