いた素直さで、自分は何気なく配膳室と台所との境の硝子戸を押しあけた。
「今日は!」
「まあ、お嬢様!」
 まつ(女中)が、懐しさの満ち溢れた声を出す。
 彼方を向いて居た母上は、素早く此方を振向いた。そして、自分のやや寂しく微笑んだ顔を認めると
「おや、まあ……」
と云うなり、何とも云えない表情をされた。胸の迫った面持である。可愛ゆさ、安心、悦びが、一時にぐっとこみあげ、涙となろうとするのを、危うくも止めた表情である。
 自分はそれを見、正視するに耐えなかった。眼を逸し、さりげなく
「安積から来た柿?」
と、まつに話しかけた。
「そうでございます。俵に一俵も来ましたの」
 母は、黙って食堂に戻って行かれた。暫くして、自分も行く。――
 祖母が、本能で思い付いた口実で、勿論彼女の贈物のことは、相談する迄のことはなかった。
 母は静かに、自分の深い感動を制し、一言も悦びは云い表わされない。然し、三人で、落付いた昼餐をし、立ち入らない話をする間に、自分は彼女の和らいだ心を、まざまざと感じた。それが、不安になり、不自然を覚え始めた自分の心にも、云い難い安息、流れると自覚し得ない程、身についたヒ
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