が、云い難い不快であるらしい。厭な、狭い、暗い顔をして机に向い、気のない声で私の「只今」に応え、思い知れと云う風をされると、自分は失望や悲しみで、猛然と掴みかかりたい激情を覚えるのだ。
 若し自分が行くのが不愉快なら、何故フランクに行くな、と云って呉れないのか、
 行かせたなら、どうして、もう少し寛大に、自分の娯んで来たことを悦んで呉れないのか、
 其為に、行って来ても、受けた十の悦びを、一にも半分にも減して表情に顕す自分を自覚し、私は我ながらぞっとした。
 Aが愉快そうでなければ結局、自分もしんから楽しくはなれない。然し、林町での心持よさは忘られない。その内心の鼓動を、Aの傷かない程度に表現しようと無意識にもする為、時には、些か迷惑であったことを誇大したり、ハアティーに笑って過した数時間を、詰らなそうに話してきかせたりすることが起ったのである。
 此、相手の嫉妬心に制せられた状態が、自分の性格に、どれ程大きな嘘偽を作るか、思うと、一刻も、斯様な地位には安じて居られなくなった。切角自分の持って生れた正直さ、朗らかな子供らしさ、美しいもの、よいもの、楽しいものを愛す自然な要求を、どこまで
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