、貴方は、あの中に、何か御気の付いたことはなかったんですか」
 Aが返事をしないうちに、彼女は、あとをついだ。
「若し、何か、世間に対して、如何うかと思うような点があったら、注意して、なおさせてやって下さるのが当然ではないでしょうか。御承知の通り、百合子はまだ若いんだし、世の中のことは知らないのだから、貴方が指導して、正しい道を歩かせて下さってこそ、私は、良人としての価値があると思うのです」
「それは、勿論」
 Aは、詰問的な母の口調にあって、少なからず、感情の自由な活動を遮られ、言葉がうまく自然に出ないと云う風に見えた。
「いろいろな日常生活のことでですね、僕も出来る丈忠告もし、いいと思う方に進めもします。けれども、書くものについて丈は、僕は、一口も挟まないことにして居ます、どこまでも、自由に、自分のものを現わさなければいけないと思いますから」
「だけれども、何も、悪い自分のものまでを、放縦に現わす必要はないではありませんか」
 母は次第に亢奮を押え切れなくなった。
「先達って、百合子が来た時にも、随分熱心に話したのだけれども、どうしても合わない、間違った処がある。自分の心に感じたこ
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